(田舎)の温泉町にある(旅館)の、(離れ)を改装する週。工務店の鵜戸さんが帳場の(図面)を見て言った。「宇佐見さん、お嬢さんはお茶を出す人でしょう。改築の話は大女将と私で決めます。お嬢さんは(廊下)の装飾品でも(選んで)いてください」。
私、三十一歳、十九代続く温泉旅館の(若女将)である。帳場も洗濯物も(家事)も(全部)通るのに、(建物)の話になると席を外される。それ以前からずっとそうで、(多かれ少なかれ)慣れてしまった。
鵜戸さんは(郊外)に事務所を持つ(大工)で、この町の旅館を四十年直してきた人だ。言い方は(丁寧)で、偉そうでもない。(湿気)の多い土地で古い建物をどう(保存)するかを、自分の手で決めたいだけだと思う。
「(海外)のお客様向けと言われましてもね」と鵜戸さんは言った。「天井も柱も古い。倉庫の(はしご)を一本かけるのとは違います。(思いつきで)動かすと、あとで悪化します」。
(義母)は横で(磁器)の湯のみを拭いていた。専業主婦として四十年この帳場に立ってきた人で、私には(寛大)である。鵜戸さんが帰ると「あの人と(口論)しても始まらないよ」と言った。(衝突)を避けるのが上手な人だ。
離れの(見積書)は二枚あった。改装の(項目)が三十八並び、照明の(代替品)と(テラス)の留め具まで書いてある。(にもかかわらず)、私が見るべきものは二つだけだと最初に見当をつけた。
一つ目は湿気だった。離れの北側の天井に染みがあり、壁に(細い)(ひび)が走っている。見積書は内装の(やり直し)を先に書いているが、湿気の(出所)を止めなければ、直してもまた戻る。長く持たせるには順番が(逆)である。
私は裏庭に出て、(バケツ)を持って縁の下をのぞいた。排水の桝に落ち葉が山積みで、(雨)のあと水が引かない。(たまたま)前の週に草を刈ったので、桝の位置を(覚えていた)。
二つ目は順番だ。見積書では洗面器と(トイレ)の工事が先で、(外回り)の排水は最後になっている。工事中は離れを(閉める)ので、どちらを先にしても泊まれない。だが順番を入れ替えれば、(乾かす)時間を工期の中に入れられる。
残りの項目は後回しにした。(カーテン)の柄も、廊下の(ローラー)塗りの色も、(作業台)を置く場所も、乾いてから決めればいい。
私は裏庭の物置からシャベルと(芝刈り機)を(出して)、桝の周りの草を刈った。隣の家の方が垣根の向こうから(声)をかけてくれて、前の年の雨の日のことを話してくれた。桝が(あふれて)、水が離れの土台まで来たという。
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私は倉庫を(開錠)して、古い帳面を(紙箱)から出した。(ほこりだらけ)の箱の底に、三十年前の改装の記録があった。そのときも北側の(壁)を直し、二年で染みが戻ったと書いてある。筆は(義父)のもので、愛情を込めて(書かれた)字だった。
(ぼろ切れ)で表紙を(拭いて)、該当の二枚だけ(写し)を取った。義母は「お義父さんの字だね」と言って、しばらく黙っていた。それから、縁の下の桝は(昔)は毎年さらっていたと教えてくれた。
私は英語の(紹介文)も書き直した。海外のお客様は、離れの何を見に来るのか。親戚の若者に手伝ってもらって、去年泊まった方の(感想)を全部読んだ。(別荘)のような(静けさ)と、磁器と、裏庭の苔。そこに染みの壁は入っていない。
工期の(案)を一枚(作った)。排水の桝を先にさらい、乾かす二十日を入れて、それから内装。(全体)の工期は元の案より六日延長されるが、閉める日数は(同じ)である。(扱いにくい)建物ほど、順番で決まる。
家具を備え付ける順番も書き足した。(送風機)を(設置)してから運び入れれば、畳を二度上げなくていい。義母は(指)で日数を数えてから、それなら(乳飲み子)のいる(仲居さん)の育児の(時間)も崩れないと言った。(皆)の都合に合う並びだった。
水曜の午後、私は鵜戸さんを離れに(呼んだ)。彼は縁の下をのぞき、桝の落ち葉を(自分の)手で(かき出した)。それから北側の壁に手を当てて、(長い)あいだ黙っていた。
「宇佐見さん、(お嬢さん)はお茶を(出す)(人)でしょうと言ったのは(撤回します)」と鵜戸さんは言った。「三十年前の記録を出された方は初めてです。排水を先に、は私が言うべきことでした」。
彼は金曜の(打ち合わせ)に、大女将と義母も呼んだ。帳場の(奥)の(間)で、鵜戸さんは工期の案を(広げて)から、人前でもう一度言った。「この順番は宇佐見さんが(組んだ)ものです。お茶を出す人、と言った私が間違っていました」。
大女将は案を二度読んでから、離れの(改装)は私に任せると言った。不動産の(検査官)が入る(日程)も、私が決めることになった。私は(深く)礼をした。縁の下をのぞいて、(古い)帳面を読んだだけである。
(工事)が始まると、離れは毎日(散らかり)の中にあった。(タイマー)を置いて送風機を回し、朝と夕に湿りを測る。鵜戸さんは(記録)の欄を自分で(足して)、数字を書き込んでいった。
義母は洗面器と(ドライヤー)の(位置)を、(泊まる人)の背の高さで決めた。「背の高い(お客様)が多いんだろう」と言って、(鏡)の高さも三センチ上げさせた。髭剃りを置く(棚)も、鏡の下に一枚足した。私が気づかなかった(認識)である。
親戚の(若者)は、紹介文の英語を(声に出して)読み合わせてくれた。(辛抱強く)十回付き合ってくれて、(裏庭)の苔の一行だけは(残そう)と言った。後悔するのは、(消した)一行の方だと彼は言う。
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離れが(開いた)日、最初のお客様は、縁側に(座って)裏庭を一時間見ていた。鵜戸さんはその日も来て、(天井)を(見上げて)から帰っていった。(染み)はもう出ていない。
彼は引き継ぎの(紙)を一枚くれた。排水の桝は(毎年)九月にさらう、(北側)は湿りを測ってから内装、記録は(帳面)に残す。三行で足りる。私はそれを(倉庫)の帳面に挟んだ。(気が進まない)相手と取り組んだ三か月の疲労は、その紙一枚で軽くなった。
(縁組み)のお祝いで(泊まった)方もいた。義理の姉妹が二人で来て、(祝福)の言葉を書いて置いていった。義母はその紙を帳場に(飾り)、お客様と宿を結びつける字だと言っている。
(朝)、私は裏庭の桝を見に行く。(落ち葉)を三枚(すくって)、湿りの数字を帳面に書く。それが今の私の一日の始まりである。