四月に町内会の(役員)になった。二十四歳で、十二人の役員のうち(最年少)だ。前の(担当)の人が引っ越したので、順番で回ってきた。担当は広報で、(やること)は月に一度の(回覧板)の作成と、掲示の貼り替えだけだと(聞いていた)。(会報)と呼ぶほど立派な紙でもない。
町内会は、八十四世帯。(会長)は七十歳の(男性)で、三十年この町に(住んでいる)。地域社会のことなら誰よりも(詳しく)、(市長)の名前も区の(機関)の担当者の名前も覚えている。(伝統的)なやり方を守る人で、(政治)の話は(会議)に持ち込まない。
五月の第一回の会議で、一つの相談が出た。この一年で、(外国)から移住してきた住民が六世帯に増えた。回覧板が読めないので、回覧が止まってしまう。(実際に)、三月の回覧が四日間、同じ(家)で止まった。混乱というほどではないが、(面倒)を抱えた家が毎月どこかに(出る)。困った状況が、(そもそも)一年(続いていた)。(観点)を変えれば、紙のほうに欠点がある。
会長は、その(話をした)(人)に向かって言った。「悪気はないんだよ。でも、日本語を覚えてもらうのが本筋じゃないか」。(保守的)な(意見)というより、長く続いた(習慣)の話だ。(他の)役員も、(半分)はうなずいている。
(反対)の(声)は一つも出なかった。人種のことを言っているわけでもなく、誰かを(非難)する(調子)もない。根底にあるのは、ただの習慣だ。急進派のような言い方をする人は、この会議にいない。
(そのとき)、(会議室)の(後ろ)の席から(手)が(挙がった)。クレアという女性で、三月に引っ越してきた住民だ。(役員)ではないけれど、会議は(誰でも)傍聴できる。(民主主義)のつもりで作った(決まり)なのだと、会長が前に言っていた。「わたしは日本語を(勉強しています)。でも、回覧板の漢字は難しいです」。
会長が「どの辺が」と聞いた。クレアは、持ってきた三月の回覧を(広げて)、三か所を(指した)。「防災訓練」「排水溝」「粗大ごみ」。確かに、どれも生活に(必要)なのに、(教科書)には出てこない。誤解させる(書き方)をしているわけでもないのに、読めなければ同じことだ。
私は、(その場)で「作ります」と言った。日本語と英語を並べた回覧板。会長は(腕)を組んで、「君がやるなら(止めない)が、八十四世帯分だぞ」と言った。(物議を醸す)ような話ではないので、誰も止めなかった。もともと興味がない人は、日本語でも読まない。
(やり方)を決めるのに、二週間(かかった)。クレアと二人で、過去二年の回覧を(全部)読んだ。二十四回分。(調査結果)というほどではないが、同じ種類の内容が(繰り返されていた)。
多かったのは四つ。(ごみ)の出し方、(集金)の案内、行事の案内、それと防災の注意。この四つで、(全体)の八割を(占める)。残りの二割は、その月だけの連絡だ。(仕組み)は(単純)で、(基本的な)四つを押さえれば足りる。繰り返しが多いという現象には、(論理)があったわけだ。
「四つの型を(先に)作ろう」とクレアは言った。(毎月)(書き直す)のではなく、決まった(部分)は使い回す。その月の連絡だけを(足す)。確かに、それなら(負担)はほとんど増えない。本質は、毎月の手間を(減らす)ことだった。
四つの型を作るのに、三週間かかった。(難しかった)のは、防災の注意だ。市から(配られる)(原文)が硬くて、そのまま訳すと何も(伝わらない)。市が作った(文章)で、何年も(同じ)書式らしい。
原文には、(避難所)の(場所)と、災害時の連絡の経路が書いてある。近くの消防署の(消防士)の数、消火器の置き場所、(大災害)のときに人を救い出す(順番)まで、三ページ分あった。(危険)にさらされる(区域)の地図と、(予測できない)豪雨の(記録)も付いている。
脅威という言葉が十回以上出てくるのに、(住民)が(覚える)べきことは三つしかない。どこへ逃げるか、何を(持つ)か、誰に(知らせる)か。クレアは赤い線を(引いて)、その三つ以外を全部消した。
「(警告)の文を(増やす)と、誰も読まない」とクレアは言った。彼女は国で(福祉)の(仕事)をしていたので、こういう紙を作る経験がある。(熱心)というより、手際がいい。(欠点)を(探す)のではなく、残すものを(決める)やり方だ。
六月の回覧板が、(新しい)形で回った。(紙)は一枚だけ。上半分が日本語、下半分が(英語)。文字の(大きさ)を揃えて、どちらが上という感じを出さないようにした。(気力)の要る作業ではなく、むしろ楽しかった。
(結果)は、思いのほか早く出た。六(世帯)のうち五世帯が、三日以内に回した。残りの一世帯は(旅行中)で、帰ってから回した。(前の)月は八日かかっていた。(おそらく)、読めるかどうかの差だけだ。
(意外)だったのは、日本人の世帯の(反応)だ。もう一度読み返す人が出た。良い(兆候)だと思う。「これ、読みやすくなったね」と三人から言われた。四つの型に(絞った)せいで、日本語のほうも(短く)なっていたのだ。会長の家も、受け取った日に(回していた)。
六月の(末)、会長の家へ回覧の控えを(届けた)。会長は、(古い)回覧と新しい回覧を机に(並べて)、二つを交互に読んだ。それから、五世帯が三日以内に回した記録を見た。
「五月に言ったことは、(取り消す)よ」。会長は(顔)を上げてそう言った。「日本語を(覚えてもらう)のと、回覧が回ることは、(別の)話だった。来月からこれで出してくれ」。
(そのあと)、会長は自分の(提案)も出した。(掲示)板のほうも二つの言葉にしたい、と。掲示は回覧より数が少なく、年に十二枚ほど。(著名)な人や(大臣)の名前が出るような紙は、そもそも来ない。「次の選挙の案内は、英語も入れよう」。全員が(賛成した)。
区の選挙管理の担当者に(問い合わせた)ら、投票の(案内)は(市)が英語の版を(用意していた)。選出される人の数も、(候補者)の名前の(読み方)も書いてある。現在の議員の(身分)や肩書きを並べた欄は長いけれど、住民が知りたいのは投票所の場所と時間だけだ。(世論調査)の結果は、事実でない噂を呼ぶので貼らない。そこだけ抜いて、掲示の横に貼った。
八月に、クレアが町内会の役員に(加わった)。(定員)は十二人なので、(本来)は空きがない。会長が区の担当者に(相談して)、「協力員」という形を作った。(名簿)に欄を一つ足しただけの話で、援助を受けるわけでもない。
十月に、防災の(訓練)があった。(参加者)は五十一人。去年より十四人多い。外国から来た六世帯のうち、五世帯が参加した。クレアは、消火器の(使い方)の(説明)の(通訳)をやった。張りつめた空気にはならず、(人々)は(笑いながら)水の入った消火器を持った。とても大きい音が出るのに、誰も驚かない。消防署の人に(頼る)だけではいけない、と会長が(挨拶)で言った。
訓練のあと、会長がクレアに「(来年)は、説明の人をやってくれないか」と(心から)(頼んだ)。クレアは少し(考えて)、「日本語で説明します。あなたが英語を」と答えた。会長は笑って、「それは(無理だ)」と言った。
今、町内会の回覧板は、四つの(型)と、その月の連絡でできている。(作る)のに一時間もかからない。掲示板には、十月の訓練の(写真)が貼ってある。(物事の本質)は、ただ読める紙を作っただけのことだ。会長が撮ったもので、(ピント)が少しずれている。とても大きく引き伸ばしたので、なおさら目立つ。