国際診療部の(朝の会)で、受け入れ担当の黛(部長)は私の(資料)を押し返した。「あなたは通訳だと思われたままでいい。方針の説明は、こちらの(医師)がやります」。
私は三十五歳、大学病院の国際診療部の医師である。十一年、外国から来る(患者)の書式と向き合ってきた。それでも(会議)では、言葉を運ぶ(係)だった。
黛部長は落ち着いた話し方の人で、(配慮のない)(物言い)をしない。疑いなく(優秀)だが、説明は自分の口でやりたがる。自信があるというより、方針は(経験)の量で決まると信じているのだ。
(今月)の仕事は、海外から来るハンドボールの(選抜)チームの(受け入れ)だった。準決勝まで二週間この街で競技する。十八人が他国と競争する(大会)である。(帯同する)医師はおらず、書式だけが先に届いていた。
送られてきた(書類)は、選手十八人分の健康の記録と、チームの(食事)の(指示書)だった。母国の様式で、担当者が三人で書いたらしく、書体がばらばらだ。
必要な項目は二つだと、私は(最初に)見当をつけた。各選手が申告した障害の(有無)と、食事の制限である。ワクチンの接種歴や(体質)の欄は、受け入れの(判断)には要らない。
(一つ目)の食い違いは、申告欄の訳だった。母国の様式では「過去の怪我」と「現在の障害」が一つの語で書かれている。(日本語)に直すと、(どちらも)「障害あり」になってしまう。
その一語のまま読むと、十八人のうち九人が競技に(不利な点)を抱えていることになる。欄には筋肉の(痛み)も、腫れた関節も、(背中の痛み)も、同じ(行)に混ざっていた。
(実際は)、七人が五年前までの古い記録だ。感染症の欄も(インフルエンザ)の接種歴も、(遺伝子)の検査の有無も、受け入れの判断とは関係がない。
二つ目は食事の指示書である。(繊維)と(ビタミン)の量が、一日分ではなく一週間分で書かれていた。日本語の表に写すと、七倍の数字が並ぶ。栄養の構成要素の名前は正しいのに、(単位)だけが落ちている。
(厨房)はその(表)を見て、一人分の量を七倍に(見積もっていた)。食べる量の欄だけが、桁違いだった。(粉末)の補助栄養剤も同じ倍率で発注されている。
私は指示書の原文を一行ずつ数え直した。食材は(子羊肉)と(タラ)が週に三回、エビと(ベリー)が週に二回。(有機)の野菜という指定は、季節で読み替えてよいと註にある。(レシピ)の指定ではなく、豊富に出せという意味だ。
肉汁ソースと粉を使った(料理)は、試合の前日だけ(避ける)ようにとある。パンケーキも(パイ)も、前日を外せば構わない。(味のない)献立にしてほしいという一行が、最後に添えてあった。
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二日目、私は(病院)の厨房へ降りた。(栄養)の(責任者)は、二十八年この厨房にいる長谷見さんという人で、目立たない(働き方)をする。
「七倍の(表)で組んでいます」と彼女は言った。「(ネギ)も(ナッツ)も、一人分が過度な量になる。(切り刻む)手も足りません。おかしいと思ったが、医師の指示なので(従いました)」。
私は(原文)の註を見せた。彼女は眼鏡を上げて二行読み、それから静かに(笑った)。「一週間分でしたか。これなら(バランスの取れた)普通の献立です」。
長谷見さんは(記録簿)を出してくれた。(過去に)受け入れた十二のチームの献立が、日付と(残った量)まで書いてある。
「残った量を見ると、(強い)(好み)が分かるんです」と彼女は言った。「ピクルスと(ココア)は、どの国のチームも残しません。(酸っぱい)グレープフルーツは半分残る」。
その(記録)と指示書を(重ねた)。選手が必要とするのは、量ではなく(時刻)だった。(全力疾走)の(直後)三十分に食べる分を厚くすれば、一日の総量は普通でよい。
午後、(トレーナー)と電話で(話した)。「障害」の欄について、七人分の記録の年を確かめてもらう。全員、五年以上前の記録だと返事が来た。重篤な(項目)は一つもない。
「(申告)の欄を二つに分けてもらえますか。過去の怪我と(現在)の制限を、(別の)(行)にしたいのです」。トレーナーはその日のうちに書き直して送ってきた。
部屋に戻って、三枚の(紙)を(作った)。申告欄を二つに分けた一覧、一日分に直した栄養の表、長谷見さんの記録と重ねた献立(案)である。
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三日目の(朝)、黛部長が私の机に来た。一枚目を(見て)、三行目で(止まった)。「現在の制限がある選手は二人なのか」。
「二人です。残りの七人は五年以上前の(古い)記録です。母国の様式では一つの(語)で、訳すと(区別)が落ちます」。
彼は二枚目を取り、(数字)の(列)を指で(たどった)。「この表は七分の一になっている」。「原文は一週間分です。厨房は一日分として(読んでいました)。(事実上)、七倍の量です」。
三枚目を見たところで、彼は(手)を止めた。「献立は厨房と作ったのか」。「栄養の責任者の記録を(使いました)。十二チーム分の残量が書いてあります」。
黛部長は椅子を(引いて)座り、三枚を(並べ替えた)。だれも彼を中断しない。彼はよく(考える)人で、(沈黙)が長い。部屋の空気が(静止)したようだった。
「七倍の表で二週間出していたら」と彼は言った。「選手の(体調)は、競技の前に(崩れていた)だろう。考えられないほど(恥ずかしい)(話)になる」。
彼は立ち上がって(窓際)まで歩き、戻ってきた。朝の会の(全員)が顔を上げている。
「あなたは(通訳)だと思われたままでいい、と言った」。彼はこちらを向いて、(人前で)(はっきり)言った。「さっきの言葉は撤回する。この区別は、原文を読んだ(人間)しか出せない」。
「(受け入れ)の方針は、あなたが説明してください。私は横に座って(補う)。(チーム)への説明も、あなたが(引き受ける)方が通ります」。
その日から、方針の説明は私の(担当)になった。黛部長は毎朝十分、言い方を(直す)。「二人の制限は先に言え。後に回すと隠したように聞こえる。(事実でない)ことは一行も言うな」。
「(相手)の書式を責めるな」と彼は言った。「訳の(問題)だと言うだけでいい。(きちんと)書けていないと一言でも言えば、向こうを(怒らせる)」。私は形容詞を三つ削った。
受け入れの初日、私はチームの前で献立と診療の方針を説明した。選手たちは明るく(気さく)で、よく(交流する)人たちだった。ストップウォッチを首にかけた(若い)選手が最初に(手を挙げた)。
「試合の(前日)に、パイは食べられますか」。「前日だけ避けてください」。彼は(わくわくした)顔で、(仲間)にそれを伝えた。
長谷見さんは献立の表を厨房の壁に貼った。(熟した)ベリーに(砂糖)を振りかける日だけ、彼女は少し自慢げだった。
チームは(準決勝)で(負けた)。選手たちは静かに荷を下ろして帰っていった。(優勝者)の名前も(得点)も、私の仕事ではない。
(帰国)の前日、トレーナーが来た。「申告欄を二つに分けた様式を母国でも使います。現在の制限が二人だと、こちらも初めて正しく(把握しました)」。
私は浮かれなかった。見つけたのは訳の(食い違い)で、選手の筋肉を鍛えたわけではない。(情熱的な)仕事というより、紙を二列に(分けた)だけの話である。
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診療部の壁に、原語と(訳語)の(対照表)を貼り直した。新しく入った若い医師が、これを読むところから(始める)。
その人は海外の(書式)が初めてで、(そわそわしている)。私は机を一つ横に移動させて隣に座らせた。(問い合わせ)の(電話)も、一緒に取る。書式に慣れるのは、電話から始まる。
「怪我と(障害)は、いつも分けるんですか」と彼が(聞いた)。「いつも分けます」と私は(答えた)。一語の訳で、人が競技に出られなくなることがある。紙を頼る側の責任だ。
私は今も会議室の端に(座る)。ただ今は、(方針)を読み上げるのが私で、黛部長が横で頁をめくっている。